『髪を切ったら学校に行く』

19.02.22.bmp



 
不登校回復期、
子どもがよく表すサインに
「髪の毛を切りたくなる」
そして
「体を動かすようになった」
というものがあります。

不登校の間、
心のエネルギーのほとんどは
自分自身に向けられていました。
外での世界に疲れた心の回復と、
これからどんな「自分」で社会に向かおうかという模索と準備に。

一見怠惰で、
何もしていなさそうに見えていた彼らですが
頭の中は、
学校に行くべきか否か、
こんな自分でいいのか否か、
ああでもない、こうでもないと、
色々な思いが廻り、忙しく動き回っておりました。

頭優位の生活を表してか、
髪は伸び放題、寝ぐせ丸出し、
それはまるで
手入れをされていない庭のよう。
文字通り「頭でっかち」。
そんな頭髪の
不登校生もいます。

しかし心のエネルギーが回復してくると、
エネルギーの向かうところが
頭から体へと変わります。
意識も、
内面から外の世界へと向き出します。

身体を動かしたい、
悶々と考えてばかりだった髪(頭)を
スッキリさせたい、
そんな気分になっています。

女の子の場合は、
「ダイエットする」と言いだすこともあります。
女の子の方が、
単に人目を気にするというだけでなく、
自分をきれいに見せたいという気持ちが強いので
服装やお化粧など、
女性的な面に気を遣うようになってくることがあります。
これも回復の兆候の一つです。

ある程度の不登校期間の後、
「髪を切りたい」
「運動機器を買ってほしい」と
言い出したときは、
外に出る準備をし始めた証拠。
周りの大人は
賛同してあげるといいでしょう。

運動機器をわざわざ買わなくとも
自宅の階段で踏み台昇降をしたり、
早朝ジョギングを始めたり、
犬の散歩を始めたり、
アイドルのダンスを見ながら真似して踊り出したり、
毎週風呂洗いをするようになったりなど、
何らかの形で体を動かしますので
必ずしも購入しなければならない訳ではありません。

彼らが味わいたいのは
自分の身体を自分の思うように動かせるという感覚。
不登校生が失いがちだった
自己コントロール感です。
その積み重ねが
外に出るための自信を大きく育ててくれます。

もとは
自分の意に沿わないものに
エネルギーを費やし過ぎた子達ですから、
自分の身体とエネルギーを、
自分の意志で動かし
理想の姿に近づけていくというのは
彼らの「生きる力」の
望むところなのです。

すぐに
言っている通りのことが実行できるとは限りません。
必ずしも
結果に結びつくわけでもないかもしれません。

でも周りの人は
結果を焦らず、
「うまくいくといいな」と
穏やかに見守っていてあげることです。

 

良くなってた不登校が…逆戻り!?

19.02.09.bmp



 


★宜しければ「カウンセリング修業のブログ」にもどうぞ★
 

不登校「行く」と言って行かない頃

19.01.27.bmp



 


不登校になった子によく起こる現象のひとつに
「明日は(学校に)行く」
「来週は行く(外に出る)」 と言っておいて
その日になると
起きれなかったり、
体の調子が悪いと訴えてきたりして、
ドタキャンが多くなる
ということがあると思います。

それも学校関係だけでなく、
友達との約束、行く予定だったイベント、
という場合もあります。

あまりにドタキャンをくり返されると
18005005.jpg
と 、
子どもの言うことが
信じられなくなることも
あるかもしれません。

でも 子どもは、
親や相手に反抗して
あるいは
だまそうとして
ドタキャンしたわけではありません。

「行く」と言っている時点では
確かに行くつもりでいます。

わりと不登校なり始めの頃に多い現象で、
本人は
自分の身体は自分の意思のまま動かせると思っています。

しかし当日になると、
お腹が痛くなったり、身体が動かなくなったりして、
結局 外に出られません。

それを見て
周囲の人も本人もがっかりします。

子どもは
周りからの信頼を損ないますし、
自分への信頼も低下します。

ふがいない、情けない・・・。
いつしか自分で自分を諦め、
学校や、友達と会う約束をする意欲も萎えていきます。

不登校になって一番困るのが、
子どもが自分への信頼感を失ってしまうこと。

再登校には自分への信頼の回復が必要です。
しかし不登校中は自信を失う機会が多いのです。

「行く」と言っている内は
「行かなきゃいけないよな」と思っている段階。
 まだあきらめていない状態です。

18005004.jpg

子どもの言っていることを
大人は否定することのないように。
結果はともかく、
本人の自尊心を傷つけます。

(そうは言ってもどうせ行けないんだろうな・・・)と分かっていても、
子どもが「行く」と言っている以上は
「うまく行けるといいね」と
相手の言っていることを肯定しましょう。

そして
ドタキャンになった時に多くの人に迷惑をかけないよう、
約束している相手には事前に
ドタキャンもあるかも知れないことを伝えておき、
その場合はどうするかを決めておくこと。
(相手の人がショックを受けないよう、
 そして子どもが行けるようになった時のことも考え、
 「今はまだ難しいみたい」
 「誘ってくれてありがとう」
 「子どもにとって支えにもなっている」など
  相手のことも労っておきましょう。)

僕は
不登校生の親御さんには
「子どもは自分では『出来る』と思っているから「行く」と言うでしょうけど、
 身体はずっと保守的で、
 意志よりも、ずっと後からついて来るものです。
 当日になってドタキャンになっても、
 全然おかしいことではないんです。
 でも『行く』と頭で思っている以上、
 いつか必ず出来るようになります。」

不登校生がドタキャンを繰り返すことは
実によくあることで、
そしてそれが自然な反応だということを、
前もって言っておきます。

約束していたことが、結局出来なくて、
ドタキャンになったとしても、
大人は慌てず、
「『行く』と言っている限り、いつか行けるようになるよ」と、
おおらかな態度で接してあげること。

出来なかったことについて責める必要ありません。
何故出来なかったかと問うことは無意味です。

大人が
子ども以上に落ち込んだりすることだけはないように。
思うように自分の身体を動かせなくて
ショックを受けるのは本人です。
大人を苦しめてしまったという罪悪感まで背負わせてしまうことにならないよう。

行けるようになる時も来ると、
大人は
希望を持たせてあげることです。

子どもは賢い存在ですが、
十数年しか生きていないため 知らないことが多く、
そのため
『一事が万事』
という思考になりやすいのです。(ウツの人の考え方と似ています。)

そんな彼らに
子どもよりずっと長く広く世界を見てきた存在として、
今の状態が長い人生の中でほんのわずかな時であり、
いくらでもやり直せるものなのだということを、
示してあげると、
子どもは
とても心強くなります。

そして
大人のそういった態度から
子どもは
自分の問題に対する態度、
距離を置いて冷静に見つめるという態度を
学んでいきます。

どうせドタキャンだから約束はしないでおこう、
という態度は僕はあまり薦めません。
ドタキャンが続くと
子どもに行くか行かないかを聞くのが苦痛になってくる親御さんも
いらっしゃいますが、
不登校中、
子どももずっと同じ状態でいることもなく、
たまに調子がいい時もあります。

行けたか行けなかったかの結果ではなく、
その約束に対して子どもが
どのような姿勢で臨んでいたか、
行けなかったときどのくらい落ち込んでいたか、
どんな風に立ち直ったか、どれぐらいかかっていたかなど
を見ていて戴ける方が
援助者として助かるのですが。

2008.April
 

不登校生が「ペットを飼いたい」と言い出すとき

19.01.13.bmp



 


★宜しければ「カウンセリング修業のブログ」にもどうぞ★
 

「式」を意識させるのは大事

19.01.04.JPG



 


★宜しければ「カウンセリング修業のブログ」にもどうぞ★
 

「あの時辛かった」話は吉兆

18.12.21.bmp



 


★宜しければ「カウンセリング修業のブログ」にもどうぞ★
 

完璧主義の子の不登校

18.12.13.bmp



 


★宜しければ「カウンセリング修業のブログ」にもどうぞ★
 

長男の不登校

18.11.26.bmp



 


★宜しければ「カウンセリング修業のブログ」にもどうぞ★
 

不登校中の子が不活発になってきたのは?

18.11.13.bmp
このところ寒くなってきました。

この間まで
登校しようと頑張ってたのに、
家の中でも
家事をしたり勉強したり踊ったり
元気な様子を見せてたのに
最近は
ずーっとスマホをいじってて
何の動きも見られない…。

そんな様子に
もはや学校に行くことを諦めてしまったのではと
思われた方もおられることでしょう。

この時期動きが鈍くなるのは
登校を諦めたからというより
外側ではなく内側にエネルギーを向けるよう
体が要求してきているから。

人に限らず動物、いや生物は
寒くなる時期
動いて体力を消耗するよりも
来期に備え、蓄えようとするようです。

不登校中の子も
自然の理に従い、
秋から冬にかけて
動きが鈍くなります。

外界へ関心が向きにくくなるので
登校のお誘いにも消極的。
チャレンジできないことが多いです。(TT)

「じゃあ、春まで学校には行かないの!?」

という疑念がよぎりますが
そんな中でも、
登校しやすい日はあります。

期末試験の日や、
遠足、文化活動発表会などのイベントの日。
(イベントの日は逆に
「こんな時だけ登校するのは他の子に悪い」と言って
 断固行かない子もいる)

そして
期末テスト明け(終業式の2週間前辺り)。
「辛くても、しばらくすると冬休みに入るから」
という理由で行きやすいようです。
ゴールが見えていることで
心理的に少し楽になるのでしょう。
期末テスト明けの、
クラスマッチの日から登校を再開した子もいました。

とはいえやはり
他の時期と比べ、子どもの反応はもひとつです。

この時期はむしろ
読書(漫画も可)や映画鑑賞など
イメージの世界での冒険や活動がお勧めです。

体の動きが少なくなっても、
いや、動きが少ないからこそ、
作品の世界を
生き生きと体験しやすくなってます。

内面的な経験もまた
体験として蓄えられていきます。

後に彼らが不登校から卒業し、
自らの不登校生活を振り返る時、
その時体験した作品の世界が
いきいきと思いだされ、
今の自分の礎を作ってくれたということに
思い至ったりもするのです。

家の中にこもりきりで
動きがなくても
豊かな体験をできないわけではありません。

そして春が近づき温かくなるにつれ
希望が膨らみ
活動的になっていきます。



 


★宜しければ「カウンセリング修業のブログ」にもどうぞ★
 

不登校生は名ツアーコンダクター?

18.11.03.bmp

僕は
初めて会う不登校生の家へ訪問する時は、
「今度の子は
 どんな世界に連れて行ってくれるんだろう」と
内心わくわくしていたりもする。

彼ら(彼女ら)は、
自らの内なる世界に
僕を誘ってくれるからだ。

たいていの思春期(反抗期とも言う)の不登校生は
自分の好きなことばかりして過ごしている。
(不安が強い子ほど
 好きなものにしがみついている)

大人側の言うことは
「うるさい」「知らんし」、無視!
など
全く応じてくれないことも多い。

「親からの自立」がテーマとなる思春期、
周りに教えられて身につけた「価値観」をそぎ落とし
自分が選んだ「価値観」で
自分を塗り込める作業が
そこで行われているのだろう、
逆に
自分の好きなもの、はまっているものについては
(信頼関係があれば)
「これ見てこれ見て」と
煩いくらい教えてきてくれたりする。
(リビングのテーブルの端に
 自分の好きなものを置いて
 それとなく主張したりしてることもある。)

(マンガなら)「読んで!」
(ゲームなら)「やって!」
(音楽なら)「聴いて!」
(服なら)「今度着て来て!」

大人の目から見て
同調できない内容であることもある。
(豹柄の服をプレゼントされたこともあった)

しかしそれでも
彼らの世界について行くと
意外にも
心動かされるようなことがあったりする。

(不覚にも 大人の自分が子どもの選んだものに感動してしまった!)

しかしそういった体験をすればするほど
なぜか彼らは強くなっていくのだ。

彼らは
彼らの世界の
道先案内人のようで
自分たちが今味わっている世界を
知ってもらうこと、
味わってもらうこと、
そして
認めてもらうことを望んでいる。

その不覚な体験が、
僕にとっての
彼らと関わる醍醐味だったりするのだ。


現在では
不登校生徒の保護者や担任の先生に
関わり方のスーパーバイズをすることがほとんどで
子ども本人とは会えないことが多い。
なので
保護者の方を通して
彼らの好きなもの・今よくやっていることを教えてもらい
そこから
彼らの世界を
感じ取るようにしている。



 


★宜しければ「カウンセリング修業のブログ」にもどうぞ★